August 2009
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屋号
soto-curry-lab: まずは屋号から決めていきましょう。 ・ソトカレーラボ/soto curry lab. ・青空カレーラボ/aozora curry lab. →日本語でも英語でも、どちらでも。 いろいろ挙げてみましょう! フジフジ
Aug 23rd
June 2008
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Jun 8th
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Jun 8th
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Jun 8th
Y字路で考え中
世田谷美術館でやってる横尾忠則の展覧会に行ってきました。 かなり面白かったです。その内容についても書きたいけど、ここでは横尾さんのY字路シリーズについて少し書きます。 今回の展覧会の中でもY字路が何点もあって、初めて実物を見てものすごい引き込まれた。この絵の持つ求心力はなんなんだろう。絵に出てくるY字路は実際の風景を断片的に繋ぎ合わせた架空のY字路で、左右の背景が全然別の風景で、それがこの絵の持つ不気味さを増長してる。でもこの絵の魅力は不気味さと同時に感じる心地よさだと思う。 その心地よさはどこから来ているんだろう。 ...
Jun 8th
April 2008
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Apr 27th
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サラ・ジー展@メゾン・エルメス
に行ってきました。(写真は違う展示のです) メゾンエルメスの部屋いっぱいに、あらゆる日用品を駆使して壮大な無重力空間を作ってるような感覚。すごい自由に見えて、それと同時にすごい厳密な構成があるようにみえて、無秩序の秩序のようなものを感じた。それは今自分が関わってるプロジェクトにも大きく関わってることだから、かなり興味深かった。 全体の印象はすごく雑然と空間の中に強い風が吹き荒れたみたいに流れのあるものになってるけれど、視点をミクロな方に移すと 小さなもの一つ一つが整頓して並んでたり。部分と全体での作られ方が全然違って見える。...
Apr 27th
February 2008
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Feb 23rd
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川俣正「通路」Vol.2
つづき。 なぜ今「通路」なのか? 「通路」は川俣さんのライフワークといえるし、30年近く取り組んでいるテーマだが、今こういうタイトルの展覧会をすることは時代の無意識の意識を感じるのです。 それは「滞留する空間」への反動から来ているのではないかと思います。 メディアテーク以降ヒエラルキーのない、滞留する場が平面的に点在する空間構成が主流になり増えていった。それに対して、より触覚的な体感できる空間、動き回って身体的な開放感を感じれる空間が求められるようになったのではないかと。留まることに飽きた身体が、より動的な空間体験=「体感する空間」を欲するようになったんじゃないかと思う。...
Feb 23rd
Feb 21st
川俣正「通路」Vol.1  手塚貴晴+由比も「通路」だった?
川俣正「通路」展に行ってきました。「通路」という単語が示唆的で気になってて、展示を見ながら考えてたらいろんな発見がありました。 まず、手塚貴晴+由比も「通路」だったということ。...
Feb 21st
Feb 19th
Feb 19th
Feb 19th
神奈川工科大学 KAIT工房
石上純也の神奈川工科大学 KAIT工房を見てきました。 かなり不思議な建築でした。 まず入って感じるのはとにかく明るいということ 。 建築の中に入っている感覚がとても薄くて、ただ屋根と床があって柱と家具がそこかしこにパラパラと散らばっているようでした。それは天井がボーダー状にトップライトがあることと、天井高が4000くらい?あって高いのが効いている。こういう天井の作りはありそうで見たことなかったし、天井の半分程がガラスだからとにかく明るいし、天候の変化で室内の雰囲気が大きく変化する。日が出ているときは本当に気持ちいい。 ところで、この建築はプロジェクト段階だと 「星屑のようなプラン」というキャッチーなフレーズと、美しいドローイングで話題になってた訳で、柱が細い長方形で大きさも少しずつ異なりながら一見ランダムに配置されている平面が魅力的だった。...
Feb 19th
Feb 10th
Feb 10th
色彩都市考
去年の半ばくらいから「色」が気になります。 SONYのBRAVIAのCMはやっぱりエポックメイキングな映像だと思う。あの映像が流れたことで、突然世界にカラフルな色が溢れ出したような少しドリーミーな気分を、そのあとずっと感じてるようだ。コーネリアスの去年でたアルバム「Sensuous」はBRAVIAのCMに影響受けてるみたい。たくさんの人がそういう気分を少しずつ共有してるんじゃないかなーと思う。 あのCMの面白いところは、街に突然鮮やかな色のスーパーボールが街に飛び込んできて、非日常的なでも少し狂気的な風景にガラリと変わっちゃうところだと思う。祝祭的な雰囲気と天災が起こったみたいな雰囲気が同居してる感じ。 ...
Feb 10th
Feb 9th
Feb 9th
Feb 9th
Feb 9th
Feb 9th
庭庭庭庭庭
その他にこの前見てきた庭のまとめ。 はがきで予約してみるもの以外は。もう大体京都の庭は見たかも。 次行くときは苔寺と仙洞御所を見たい。 修学院離宮 行く途中から山に霧がかかってて幻想的な雰囲気で期待してたんですが、正直あんまりでした。その原因ははっきりしてて、敷地内に昔から残ってる棚田があって、それを近隣の人たちに畑とかに使うよう貸しているんです。が、借り手の意識の低さからか、普通にビニールハウスとかブルーシートとか広げてて、それが松の木の間から見えてゲンナリ。あと千歳橋という中国風の屋根付きの石橋が違和感ありすぎ。幕府側から無理矢理送られてきたものらしく、そこらへんはブルーノ・タウトも書いてて、幕府と宮廷・日光東照宮と桂離宮の文化の対照的な構図の一端がここで出てきてるのは、修学院離宮のあまり恵まれない運命を物語ってるのかも。 等持院...
Feb 9th
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Feb 7th
終わらない庭
先月の京都にいた間にいろいろ庭を見てきました。 その中で夢窓疎石のつくった天龍寺を見に行ったとき、京都で庭師になったと言い残して消えた高校の友人がそこで庭仕事をしてて偶然再会!普通に砂利運んでて笑った。後日お茶しながらいろいろ庭について話てきた。 その友人のいる造園会社は天龍寺と東福寺が契約してる寺で、そういう風に寺という大小様々な企業から造園会社は仕事を請け負うらしい。寺は庭や建物を維持するために、例えば池を維持するために水道設備の会社と契約して、そういうピラミッドの頂点にいる住職が、どこと契約するか決定権をもっている。そしてスポンサーとして壇家がいる図式なのだそうだ。かなり話が逸れました。ここから少しずつ本題へ。...
Feb 7th
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Feb 5th
京都の山・東京の公園
京都に2週間ちかく滞在していると、周囲を山に囲まれている風景がとても新鮮な感じに映った。これまでも何度も京都には来てたけれど、割と3・4日くらいの短い間だったので、ゆっくりと京都という都市の持つ地形的な身体性を感じることがなかったのかもしれない。その後、6歳まで住んでいた神戸にも何日かいたけれど、そこでもやはり背には山があり正面には海があった(埋め立てが進んでるから海までかなり遠いけど)。それが東京に帰ってくると、また当たり前のように自然が周囲になくてビルに囲まれてるような風景になる。 でも、それが自分にとって息苦しいかといえばそうでも無い。もちろん20年以上住んでるからかもしれないが。思うに東京は「自然を造形する」都市なのかもしれない。前の桂離宮の話でも書いたけれど、日本庭園において「自然に従う」「自然を造形する」2つの流れがあることが、都市にも当てはまるんじゃないかと思う。 ...
Feb 5th
Feb 4th
桂離宮で考え中・・・。
桂離宮に行ってきました。正直な感想だと、1度見に行っただけでは見きれなかった感じ。全体として情報量がかなり多いので、3度くらい行かないと無理かも。 で、今回考えたのは桂離宮の持ってる「多様性と対立性」です。 思いっきしヴェンチューリからの引用ですが、例えばサヴォワ邸は外側は水平横長窓の伸びた単純なカタチに整えられてるけど内部はグリッドのように見えて柱の落ち方は所々バラバラになっています。そういうファサードとプランの不一致や矛盾が、内部の住環境の良さを優先するために生まれているなど「多様性と対立性」を持つことは、「名作」と呼ばれる作品にしばしば見られて、それぞれの時代ごとに時代性にあった解釈がなされます。 ...
Feb 4th
Feb 3rd
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桂離宮で考え中・・・その2。
つづきです。 その2は空間体験の弁証法について書きたいと思います。 一般的に桂離宮は池泉回遊式庭園の最高傑作と言われてます。池泉回遊式とはかなりオーソドックスな日本庭園の形式で、真ん中に大きな池があり、その周りを巡りながら視界が閉じたり開いたり、様々な空間変化を体験するタイプです。つまり動線による空間のシークエンスを楽しむものです。事前にそういう予備知識は入れて行ったので、そこら辺の空間体験を半分目当てにしてたのですが、実際には空間のシークエンスを感じるより僕が感じたのは「離れながら繋がっている」感覚でした。 ...
Feb 3rd